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江戸幕府のしくみ
1603年〜
徳川幕府は、日本全国をどのような仕組みで治めたのか。幕府と藩の関係、朝廷との関係を見ていきます。
1分でわかる歴史江戸時代
江戸幕府のしくみ まとめ
1. ひとことで言うと
将軍の幕府と、大名の藩が、それぞれ土地と人びとを治めた。
この二つが組み合わさった仕組みを、幕藩体制とよぶ
この二つが組み合わさった仕組みを、幕藩体制とよぶ
江戸幕府は、全国の大名を従え、外国との関係やお金、大きな都市などを自分で治めました。一方で、それぞれの大名の領地の政治は、原則としてその大名に任されていました。幕府が日本全国をすみずみまで直接治めていたのではなく、幕府と多くの藩が役割を分けながら支配する仕組みだったのです。
2. 幕府ができるまで
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1600年 | 関ヶ原の合戦で、徳川家康の東軍が勝つ |
| 1603年 | 家康が征夷大将軍となり、江戸に幕府を開く |
| 1605年 | 家康が子の秀忠に将軍をゆずり、将軍の地位を徳川家が受けつぐことを示す |
| 1615年 | 大坂の陣で豊臣家が滅びる。大名や朝廷に対する決まりが定められる |
家康は将軍をゆずったあとも、大御所として政治に大きな力をもちました。1分でわかる関ヶ原の合戦家康が全国の政治で優位に立った戦い
3. 幕府と藩:だれが、何を治めた?
| 治める人 | 治めたところ | 主な役割 |
|---|---|---|
| 幕府 | 幕府の領地(幕領)と、将軍に直属する家臣(旗本など)の領地。全国の石高のおよそ4分の1ほどとされる。江戸・大坂・京都・長崎などの大事な都市や、主な鉱山も治めた | 大名をまとめ、外国との関係、お金(貨幣)、全国に関わる決まりなどを担う |
| 藩 | 1万石以上の領地をもつ大名が治めた領地。数は時期によって変わり、幕末には260〜270ほどあった | 領地の年貢の取り立て、裁判、治安など、ふだんの政治の多くを担う |
今の政府や県とは、同じではない藩は、自分の家臣団や財政、法をもち、かなり独立して政治を行っていました。幕府を今の日本政府、藩を今の県と同じものと考えると、この時代の仕組みは見えにくくなります。なお「藩」ということばは、当時の正式な呼び名ではなく、主にのちの時代に広まったものです。
4. 大名の種類と配置
| 種類 | ようす |
|---|---|
| 親藩 | 徳川家の一族の大名。尾張・紀伊・水戸の徳川家(御三家)など |
| 譜代 | 関ヶ原の合戦より前から徳川家に仕えていた大名。幕府の重い役職につくことが多かった |
| 外様 | 関ヶ原の合戦のころから徳川家に従った大名。加賀の前田氏のように、大きな領地をもつ家もあった |
幕府は、江戸や京都のまわり、交通の要所に親藩や譜代を置き、外様は比較的遠い地域に置くことが多かったとされます。大名の統制については、別のページで詳しく見ます。1分でわかる参勤交代と大名統制決まり、城、改易、参勤交代
5. 朝廷や寺社との関係
朝廷天皇と朝廷は京都にあり、将軍は天皇から征夷大将軍に任じられる形をとりました。幕府は1615年に朝廷や公家に向けた決まり(禁中並公家諸法度)を定め、京都所司代を置いて朝廷の動きを見守りました。朝廷は、儀式や官位などを通じて、この時代にも重みをもち続けました。
寺社幕府は寺社奉行を置き、寺院や神社にも決まりを出して統制しました。
6. まちがえやすいところ
- 幕府が全国をすべて直接治めていたのではない。藩の政治は、多くがそれぞれの大名に任されていた。
- 藩は、今の県と同じではない。家臣団や財政、法をもつ、大名の支配の単位だった。
- 外様大名が、必ずしも小さな大名だったのではない。大きな領地をもつ外様もいた。
- 江戸時代にも、朝廷はなくならなかった。将軍は、天皇から任じられる形をとった。
7. 1分で深掘り
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