昭和・戦前戦中

1分でわかる

昭和・戦前戦中

1926年〜1945年
政党内閣と男子普通選挙があった時代から、約15年で大規模な戦争と敗戦へ。何がどう重なったのかを一枚で見ていきます。
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1分でわかる歴史昭和・戦前戦中

昭和・戦前戦中 まとめ

1. ひとことで言うと

経済の行きづまり、中国をめぐる対立、政党政治への不信、テロ、軍の制度上の力、国際的な孤立、資源の問題。
これらが重なりながら、日本は長い戦争に入り、1945年に敗れて降伏した

昭和の初め、日本には政党が内閣をつくる仕組みと、男性の普通選挙がありました。しかし金融恐慌と世界恐慌で経済が行きづまり、満州事変が起こると政治のあり方は大きく変わっていきます。テロやクーデターが起こり、政党内閣は続かなくなりました。1937年に始まった日中戦争は終わらず、資源を求めて南へ進んだことで米英との対立が決定的になります。1941年に始まった戦争は本土の空襲・沖縄戦・原子爆弾へと及び、1945年8月、日本はポツダム宣言を受け入れて降伏しました。

2. このページが扱う範囲

1926年12月の昭和改元から、1945年の敗戦・降伏までを扱います。

前後とつながっている改元で大正の課題が消えたわけではありません。戦後不況、政党政治、男子普通選挙、治安維持法、中国での権益、植民地支配、国際協調は、そのまま昭和へ引きつがれています。また1945年8月15日ですべてが終わったのでもありません。降伏文書の調印、海外にいた軍人や民間人の帰還、植民地支配の終わり、占領の開始には時間の差がありました。占領のもとで社会がどう作りかえられたかは、次の「昭和・戦後」で扱います。

3. 19年を、一つの流れで見る

  1. 経済の行きづまり(1927年〜1931年)金融恐慌、世界恐慌、昭和恐慌が続き、都市でも農村でも生活が苦しくなる。
  2. 広がる参加と、強まる取りしまり(1928年)最初の男子普通選挙が行われた年に三・一五事件が起こり、治安維持法が改められて最高刑が死刑になる。
  3. 満州事変から国際的な孤立へ(1931年〜1933年)関東軍の軍事行動が満州全域に広がり、満州国が生まれる。国際連盟の報告をめぐって日本は脱退を通告する。
  4. テロと、政党内閣の途切れ(1932年〜1936年)五・一五事件で犬養首相が殺され、二・二六事件では大臣らが殺害される。以後、政治の場での軍の発言力が増す。
  5. 日中戦争の長期化(1937年〜)盧溝橋事件から全面的な戦争へ。首都南京を占領しても戦争は終わらず、長期戦になる。
  6. 総動員体制(1938年〜)国家総動員法のもとで、人・物・情報が戦争に動員され、暮らしが統制される。
  7. 米英との対立(1940年〜1941年)日独伊三国同盟、南方への進出、石油の禁輸。交渉がまとまらず、開戦が決まる。
  8. 戦争の拡大と戦局の悪化(1941年〜1944年)広い範囲を占領するが、補給と生産力の差から守勢に回る。
  9. 本土が戦場に(1944年〜1945年)空襲、沖縄戦、そして広島・長崎への原子爆弾。ソ連も参戦する。
  10. 降伏(1945年8月〜9月)8月14日にポツダム宣言の受諾を決定し、15日に国民へ伝えられ、9月2日に降伏文書に調印した。

これは後から見て整理した流れです。それぞれの場面には複数の選択肢があり、次に起きることが決まっていたわけではありません。

4. 11のテーマ

テーマひとこと
恐慌なぜ昭和の初めに暮らしが急に苦しくなったのか。→ 金融恐慌と昭和恐慌
普通選挙と取りしまり参加が広がった年に、なぜ弾圧も強まったのか。→ 普通選挙と治安維持法
満州事変軍事行動はなぜ満州全域へ広がったのか。→ 満州事変と満州国
テロと政党政治政党内閣はなぜ続かなくなったのか。→ 五・一五事件と二・二六事件
日中戦争なぜ終わらない長期戦になったのか。→ 日中戦争
総動員暮らしはどこまで戦争に組みこまれたのか。→ 国家総動員と戦時下の暮らし
日米対立なぜ中国での戦争中に米英とも対立したのか。→ 日独伊三国同盟と日米対立
太平洋戦争どこで始まり、なぜ守勢に回ったのか。→ 太平洋戦争
植民地・占領地日本の外の人びとに何をもたらしたのか。→ 植民地・占領地と戦争動員
本土と沖縄戦場が民間人の生活に及んだ。→ 空襲・沖縄戦・原子爆弾
降伏どのような過程で戦争を終えたのか。→ ソ連参戦とポツダム宣言

5. だれが決めていたのか

「軍部が日本を戦争へ引っぱった」という一言では、実際の決まり方を説明できません。大日本帝国憲法のもとでは、決定に関わる場所が分かれていました。

立場役割
内閣政治全般を担当する。大臣は天皇を助ける立場で、議会に対して責任を負う形ではなかった
陸軍と海軍別々の組織で、考え方も異なった。陸軍内にも派閥があり、対立していた
統帥の機関作戦を担当する参謀本部(陸軍)と軍令部(海軍)。統帥は内閣の外にあり、首相でも直接は動かせなかった
議会衆議院と貴族院。法律と予算を審議した。戦争中も存在し続けた
枢密院重要な条約や緊急勅令を審議した。首相の人選には、元老や重臣が関わった
官僚・財界政策の立案や経済の運営を担った。新聞やラジオも、報道を通じて影響を与えた
天皇と宮中憲法上の元首として、内閣や軍が決めた案を上奏され、裁可した。御前会議は天皇の前で重要方針を決める会議だった

だれが、どの制度のもとで、どの決定をしたのか。場面ごとに分けて見ることが、この時代を理解する基本になります。

6. なぜ戦争へ向かったのか:一つの答えにはならない

  • 経済危機世界恐慌と昭和恐慌で、都市も農村も行きづまった。
  • 満州・中国の権益日本が持つ権益と、中国の統一・主権回復の動きがぶつかった。
  • 安全保障の認識満州を「日本の生命線」とみなす考え方が広がっていた。
  • 政党政治への不信汚職や恐慌への対応をめぐって、政党への不満が強まった。
  • テロとクーデター暴力が政治の選択肢を狭めた。
  • 軍の制度的な影響力統帥が内閣の外にあり、軍部大臣現役武官制もあった。
  • 国際関係国際連盟脱退と軍縮条約からの離脱で、孤立が進んだ。
  • 日中戦争の長期化終わらせ方を見つけられないまま、負担が積み重なった。
  • 資源石油などの輸入を絶たれ、時間の制約が判断を狭めた。
  • 日米交渉条件が折り合わず、交渉がまとまらなかった。
  • メディア・世論報道と統制のもとで、戦果が大きく伝えられた。
  • 植民地帝国としての政策朝鮮・台湾などの支配を前提に、さらに勢力を広げようとした。

どれか一つが「唯一の原因」ではありません。重なり方を見ることが、この時代を理解する方法です。

7. 加害と被害の両方を見る

この時代、日本に住む人びとは、戦死、空襲、沖縄戦、原子爆弾、食料不足、疎開など、大きな被害を受けました。同時に、日本の軍事行動と植民地支配によって、中国、朝鮮、台湾、東南アジア、太平洋地域の人びとや捕虜にも、大きな被害が生じました。

どちらか一方だけを見ると、この時代の姿は見えません。それぞれの出来事について、だれが、どの立場で、何をされ、何をしたのかを分けて見ることが必要です。

8. まちがえやすいところ

  • 「軍部」という一つの集団があったのではない。陸軍と海軍は別で、内部にも対立があった。
  • 五・一五事件で議会や政党が消えたのではない。政党内閣が続かなくなり、議会は戦争中も存在した。
  • 国民が全員戦争を望んだのでも、全員だまされただけでもない。時期、情報、立場によって受け止め方は違った。
  • 1945年8月15日で、すべてが終わったのではない。降伏文書の調印は9月2日で、帰還や占領はその後に続いた。

9. 昭和・戦前戦中の年表

年できごと
1927年金融恐慌が起こり、若槻礼次郎内閣が総辞職する
1928年最初の男子普通選挙。三・一五事件。治安維持法が改められる
1929年世界恐慌が始まる
1930年金輸出解禁。ロンドン海軍軍縮条約。昭和恐慌
1931年9月18日、柳条湖事件。満州事変が始まる
1932年満州国の建国宣言。五・一五事件。日満議定書で満州国を承認
1933年国際連盟に脱退を通告する
1936年二・二六事件。日独防共協定
1937年7月7日、盧溝橋事件。日中戦争が始まる。12月、南京を占領
1938年近衛声明。国家総動員法が公布される
1940年日独伊三国同盟。大政翼賛会が発足。内閣情報局が置かれる
1941年日ソ中立条約。南部仏印進駐。12月8日、米英に宣戦布告
1942年ミッドウェー海戦。翼賛選挙
1943年ガダルカナル島から撤退。学徒出陣が始まる
1944年サイパン島が陥落。学童疎開が進められる
1945年3月 東京大空襲、4月 米軍が沖縄本島に上陸、8月 広島・長崎への原子爆弾とソ連参戦、8月14日 ポツダム宣言受諾、9月2日 降伏文書調印

10. 次の時代へ:昭和・戦後

降伏後、連合国軍が日本に進駐し、占領が始まります。朝鮮や台湾は日本の支配から離れ、海外にいた軍人や民間人の帰還(復員・引揚げ)も始まりました。占領のもとで、憲法、選挙、教育、農地、労働、経済の仕組みが大きく作りかえられていきます。その過程は「昭和・戦後」のページで整理します。

11. つながる時代

ひとつ前の時代:1分でわかる大正時代政党政治と普通選挙が生まれた時代 1分でわかる金融恐慌と昭和恐慌昭和の入口で何が起きたのか

関連テーマ:金融恐慌/満州事変/国際連盟脱退/二・二六事件/盧溝橋事件/国家総動員法/日米交渉/沖縄戦/ポツダム宣言

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