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参勤交代と大名統制
17世紀〜19世紀
力の強い大名たちを、徳川幕府はなぜ長いあいだ従わせることができたのか。決まり、城、領地、そして参勤交代を見ていきます。
1分でわかる歴史江戸時代
参勤交代と大名統制 まとめ
1. ひとことで言うと
幕府は、決まりを定め、城や領地を管理し、大名に江戸と領地を行き来させた。
大名は、将軍に仕える家臣として位置づけられた
大名は、将軍に仕える家臣として位置づけられた
江戸時代の大名は、それぞれの領地を治める力をもっていました。幕府は、大名が守るべき決まりを定め、違反した大名の領地を取り上げたり、移しかえたりしました。また、大名に江戸と領地を定期的に行き来させる参勤交代を制度として整えました。こうした仕組みを重ねることで、幕府は大名たちを長く従わせていきました。
2. 大名を従わせた仕組み
| 仕組み | 中身 |
|---|---|
| 武家諸法度 | 1615年に定められた大名への決まり。城の修理には届け出が必要で、大名どうしが勝手に結婚することも禁じられた。将軍が代わるごとに出し直され、内容も変わっていった |
| 一国一城令 | 1615年、大名が領地にもつ城を、原則として一つに限らせた |
| 改易・転封 | 決まりに反した大名や、跡継ぎのいない大名の領地を取り上げたり(改易)、別の土地へ移したり(転封)した |
| 普請 | 江戸城などの城づくりや、川の工事を大名に命じた |
3. 参勤交代とは
大名が、1年ごとなど決められた期間で、江戸と自分の領地を行き来する制度です。1635年、3代将軍の徳川家光のときの武家諸法度で、制度としてはっきり定められました。それ以前から、大名が将軍のもとへ出向いて仕える習わしはありました。
なぜ行ったのか:将軍に仕えることを示す参勤交代は、大名が将軍の家臣として仕えることを形で示すものでした。定期的に江戸に来て将軍に会うことで、主従の関係が確かめられたのです。
大名の妻子は江戸に大名の妻や跡継ぎの子は、江戸の屋敷に住むことが原則とされました。これは「人質」と説明されることも多いですが、江戸の屋敷は、大名家が幕府やほかの大名と付き合う拠点でもありました。
大きな出費大名行列の旅費や江戸の屋敷の費用は、藩の財政にとって大きな負担でした。ただし、参勤交代は「大名を貧乏にするため」だけにつくられた制度ではなく、服従のしるしという意味が中心だったと考えられています。
4. 参勤交代がもたらしたもの
多くの大名とその家臣が江戸に住んだことで、江戸は大きな都市になりました。大名行列が行き来する街道や宿場もにぎわい、人や物、情報が各地と江戸のあいだを行き来しました。
ただし、交通や商業の発達は、参勤交代だけによるものではありません。商人の活動や、年貢米を運ぶ海運なども大きな役割を果たしました。1分でわかる江戸の農業・商業・三都街道、宿場、海運と商業の発達
5. 大名統制は、時代とともに変わった
江戸時代のはじめには、多くの大名が改易されました。やがて幕府の仕組みが安定すると、大名家を取りつぶすことよりも、大名家を存続させながら従わせる方向へと変わっていきます。跡継ぎがいない場合に、養子を認めやすくしたこともその一つです。
6. まちがえやすいところ
- 参勤交代は、大名を貧乏にするためだけの制度ではない。将軍に仕えることを示す意味が中心だった。
- 参勤交代は、1635年に突然始まったのではない。それ以前からあった習わしを、制度として整えた。
- 交通の発達は、参勤交代だけのおかげではない。商業や海運なども大きな役割を果たした。
- 武家諸法度は、一度だけ出されたのではない。将軍が代わるごとに出し直された。
7. 1分で深掘り
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