元禄文化

1分でわかる

元禄文化

17世紀後半〜18世紀初め
大坂や京都の町人たちが、なぜ新しい文化の担い手になったのか。文学、演劇、絵画を中心に見ていきます。
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1分でわかる歴史江戸時代

元禄文化 まとめ

1. ひとことで言うと

上方(大坂・京都)で、豊かになった町人たちが担い手となった文化。
人びとの暮らしや気持ちを、生き生きと描いた

17世紀後半、経済の中心だった大坂や、古くからの都である京都では、商業で豊かになった町人たちが力をつけていました。彼らは、自分たちの暮らしや、お金、恋愛、義理と人情などを題材にした小説や演劇を楽しみました。5代将軍の徳川綱吉のころの元号「元禄」から、この時代の文化を元禄文化とよびます。

2. なぜ上方の町人の文化だったのか

経済の中心だった大坂には全国の米や産物が集まり、多くの商人が大きな財産を築きました。1分でわかる江戸の農業・商業・三都天下の台所・大坂
文化の土台があった京都には、朝廷や寺社を中心に、長く受けつがれてきた文化や技術がありました。
本が広まり始めた木版印刷による出版がさかんになり、読み書きのできる町人たちが、本を買って楽しむようになりました。

3. 主な人物と作品

分野人物ようす
小説井原西鶴町人の暮らしや、お金をめぐる人びとの姿を描いた(浮世草子)。『日本永代蔵』など
人形浄瑠璃近松門左衛門義理と人情のあいだで苦しむ人びとを描いた脚本を書いた。『曽根崎心中』など
俳諧松尾芭蕉俳諧を芸術として高めた。東北や北陸を旅して『おくのほそ道』を著した
歌舞伎坂田藤十郎
市川団十郎
上方では坂田藤十郎が、江戸では市川団十郎が人気を集めた
絵画尾形光琳大胆で華やかな装飾画をえがいた。『燕子花図屛風』など
浮世絵菱川師宣町の人びとの姿をえがき、浮世絵の始まりをつくった。『見返り美人図』など

4. 学問や政治とのつながり

このころ、幕府では綱吉が、学問や礼儀を重んじる政治を進めていました。儒学がさかんになり、和算(日本の数学)の関孝和のように、さまざまな分野で学問が発達しました。1分でわかる徳川将軍とは綱吉は何をした将軍?

5. まちがえやすいところ

  • 元禄文化の中心は、江戸ではなく上方。江戸が文化の中心になるのは、のちの化政文化のころ。
  • 担い手は、武士だけではない。豊かになった町人たちが、大きな役割を果たした。
  • 『見返り美人図』は、版画ではなく肉筆画。菱川師宣は、版画の浮世絵も広めた。

6. 1分で深掘り

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関連テーマ:浮世草子/人形浄瑠璃/俳諧/歌舞伎/琳派

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