江戸時代
江戸時代 まとめ
1. ひとことで言うと
その中で、村と町、商業と文化が育ち、社会は大きく変わっていった
1600年の関ヶ原の合戦に勝った徳川家康は、1603年に江戸に幕府を開きました。幕府は、全国の大名を従えながら、各地の政治は大名に任せる仕組みをつくり、外国との関係も強く管理しました。大きな戦争が長く起きなかった中で、農業や商業が発達し、江戸・大坂・京都は大都市になり、出版や教育、学問も広がります。一方で、飢饉や一揆、財政の苦しさもくり返し起こりました。やがて19世紀になると、国内の問題に外国船の接近が重なり、時代は幕末へ向かっていきます。
2. このページが扱う範囲
江戸時代は、ふつう1603年の江戸幕府の成立から、1867年の大政奉還や1868年の明治維新のころまでとされます。
3. 約250年を、3つの時期で見る
- 前期(17世紀前半ごろ):仕組みを整える大坂の陣で豊臣家が滅び、幕府は大名や朝廷への決まりを定め、参勤交代を制度にし、外国との関係を強く管理するようになる。
- 中期(17世紀後半〜18世紀):経済と文化が育つ新田開発で農業が伸び、商業と都市が発達する。上方で元禄文化が栄える。一方で、幕府の財政の苦しさが目立ちはじめ、改革が行われる。
- 後期(18世紀末〜19世紀前半):変化と揺らぎ大きな飢饉や一揆・打ちこわしが起こり、改革がくり返される。江戸では化政文化が広がる。外国船が日本の近くに現れるようになる。
時期の分け方は、目安です。同じ時代の中でも、地域や人びとの立場によって、変化の早さはちがいました。
4. なぜ長く続いた?:幕府の仕組み
5. 人びとの暮らしと経済
6. 文化と学び
| テーマ | ひとこと |
|---|---|
| 元禄文化 | 17世紀後半〜18世紀初め、上方を中心に栄えた町人の文化。→ 元禄文化 |
| 化政文化 | 19世紀前半、江戸を中心に、出版を通じて広く楽しまれた文化。→ 化政文化 |
| 学問 | 儒学・国学・蘭学が発達し、寺子屋などで読み書きを学ぶ人も増えた。→ 江戸の学問 |
7. 変化と揺らぎ
8. 「平和な時代」だけでも、「暗い時代」だけでもない
江戸時代には、国内の大きな戦争が長いあいだ起きませんでした。その中で、交通や商業、都市、教育、出版、文化が大きく発達しました。一方で、飢饉や災害で多くの人が亡くなり、差別を受けた人びともいて、幕府や藩はくり返し財政に苦しみました。明るい面と苦しい面の両方を見ることで、江戸時代の姿が見えてきます。
9. まちがえやすいところ
- 幕府が、全国をすべて直接治めていたのではない。各地の政治は、多くが大名(藩)に任されていた。
- 江戸時代の日本は、外国との交流がなかったのではない。幕府が、相手・場所・方法を限って管理した。
- 「士農工商」の順に身分が決められていたのではない。このことばで身分制度を説明することは、今は少なくなっている。
- 約250年間、社会が同じだったのではない。経済や文化、人びとの暮らしは大きく変わった。
10. 次の時代へ:幕末
19世紀に入ると、ロシアやイギリス、アメリカなどの船が日本の近くに現れるようになり、幕府の対外政策はむずかしくなっていきました。国内でも、財政や社会の問題が続きます。そうした中、1853年にアメリカのペリーが来航したことは、大きな転機となりました。ここから明治へ向かう時代は、幕末のページで整理します。
11. つながる時代
ひとつ前の時代:1分でわかる安土桃山時代信長・秀吉による全国統一 1分でわかる関ヶ原の合戦江戸幕府への道を開いた戦い関連テーマ:江戸城/五街道/出島/寺子屋/浮世絵/大塩平八郎の乱
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