江戸の身分・村・町の暮らし

1分でわかる

江戸の身分・村・町の暮らし

17世紀〜19世紀前半
江戸時代の人びとは、どのような身分のもとで、どんな共同体の中で暮らしていたのか。「士農工商」ということばの見直しもふくめて見ていきます。
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1分でわかる歴史江戸時代

江戸の身分・村・町の暮らし まとめ

1. ひとことで言うと

人びとは、身分ごとに、村や町という共同体に属して暮らした。
共同体は、年貢や決まりを守る単位であり、助け合いの単位でもあった

江戸時代の社会では、武士、百姓、町人などの身分があり、身分によって住む場所や仕事、負担が決まっていました。多くの人びとは、村や町という共同体に属し、その中で年貢を納め、決まりを守り、たがいに助け合って暮らしていました。身分は、個人ひとりひとりよりも、家や共同体を単位として決められていたのです。

2. 主な身分

身分主に住んだ場所ようす
武士城下町将軍や大名に仕え、政治や軍事を担った。名字を名のり、刀を差すことが認められた。人口の1割に満たなかったとされる
百姓村村に住む人びと。人口の大部分をしめ、年貢を納めた
町人町町に住む商人や職人など

このほかにも、朝廷に仕える公家、寺の僧侶や神社の神職など、さまざまな身分の人びとがいました。

百姓は、農民だけではない「百姓」は、村に住み、村の一員として年貢などを負担した人びとのことです。田畑を耕す人が多かったのはたしかですが、漁業や林業、塩づくり、運送、商売などで暮らす人も百姓にふくまれていました。

3. 「士農工商」は、身分の順番?

江戸時代の身分は、かつて「士農工商」の順に上から並んでいたと説明されることがありました。しかし、現在の教科書では、このことばで身分制度を説明することは少なくなっています。

見直された理由「士農工商」は、もともと中国の古い書物にあることばで、「世の中のあらゆる人びと」という意味で使われていました。江戸時代の実際の社会では、武士が支配する身分だった一方で、百姓と町人(職人・商人)のあいだに、上下の順番がはっきり決まっていたわけではありません。そのため、ピラミッドのような4段の序列として説明するのは実態に合わないと考えられるようになりました。

4. 差別された人びと

江戸時代には、「えた」「ひにん」などとよばれ、きびしい差別を受けた人びともいました。住む場所や服装、結婚などを制限され、ほかの身分の人びととの付き合いにも差別がありました。一方で、皮革の加工や、治安・警備にかかわる仕事、芸能など、社会に欠かせない役割を担っていました。

こうした差別は、江戸時代が終わったあとも長く残り、今も解決すべき問題として続いています。

5. 村の暮らし

村は、百姓たちが自分たちで運営する共同体でした。

しくみ中身
村役人名主(庄屋)・組頭・百姓代などが、村の運営を担った
村請制年貢は、村全体でまとめて納める責任を負った
五人組近所の家を組にして、年貢や犯罪に連帯して責任を負わせた
共同の作業田植えや用水の管理、山や野原(入会地)の利用などを、村で決まりをつくって行った

村の中にも差がありました。田畑をもち年貢を納める本百姓と、田畑をもたない水呑百姓などがいて、時代が進むとその差は広がっていきました。

6. 町の暮らし

城下町などの町では、土地や家をもつ町人(家持など)が町の運営に加わり、町役人を中心に自分たちで決まりを守りました。一方で、町に住む人の多くは、土地や家を借りて暮らす人びと(店借など)で、長屋に住む職人や、日雇いで働く人も大勢いました。1分でわかる江戸の農業・商業・三都大都市になった江戸・大坂・京都

7. 寺と家

寺請制度幕府はキリスト教を禁じるため、人びとにどこかの寺の檀家になることを求め、寺にキリスト教徒ではないことを証明させました。人びとの名前や宗派を記した帳面(宗門改帳)は、今の戸籍のような役割も果たしました。
家と女性身分や財産、仕事は、家を単位として受けつがれ、家の主人(家長)の力が強いものでした。女性は、家の中で弱い立場に置かれることが多かった一方、農作業や商売で大きな役割を担っていました。夫から離縁状を受け取って離婚する形が一般的でしたが、妻が縁切寺に逃げこんで離婚を求める道もありました。

8. 身分は、まったく動かなかった?

身分は家ごとに受けつがれるのが原則でしたが、まったく変えられなかったわけではありません。養子になったり、お金を出して武士の身分を得たりする例もありました。また、村から町へ奉公や出稼ぎに出る人も多く、人の移動は時代とともに増えていきました。

9. まちがえやすいところ

  • 「士農工商」の4段のピラミッドで、身分が決められていたのではない。百姓と町人のあいだに、はっきりした上下はなかった。
  • 百姓は、農民だけではない。漁業や商売などで暮らす村の人びとも、百姓だった。
  • 村や町は、上から治められるだけの場所ではない。人びとが自分たちで運営する共同体だった。
  • 身分が、一生まったく変わらなかったのではない。養子などで身分が変わることもあった。

10. 1分で深掘り

時代が進むと、村の中の貧富の差が広がり、一揆や打ちこわしも起こるようになります。1分でわかる江戸社会の変化飢饉・一揆・打ちこわしから幕末へ

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関連テーマ:本百姓/五人組/寺請制度/長屋/縁切寺

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