徳川将軍とは|将軍は何をしていた?

1分でわかる

徳川将軍とは

1603年〜1867年(15代)
江戸時代の「将軍」とは、実際に何をしていた人なのか。将軍を支えた仕組みと、時代の節目となった将軍を見ていきます。
A4で印刷できます。
← 江戸時代にもどる
1分でわかる歴史江戸時代

徳川将軍とは まとめ

1. ひとことで言うと

将軍は、大名たちの主君であり、幕府の頂点に立つ人。
ただし、ふだんの政治は、老中などの役職者たちが話し合って進めた

徳川家の将軍は、天皇から征夷大将軍に任じられ、全国の大名を家臣として従える立場にありました。しかし、江戸幕府は将軍ひとりが何でも決める仕組みではありませんでした。老中を中心とする役職者たちが話し合って政治を進め、将軍がどこまで自分で政治を動かしたかは、人や時期によって大きくちがいました。

2. 将軍の役割

大名の主君将軍が代わるたびに、大名たちは新しい将軍に従うことを誓い、将軍は大名に領地を与えることを文書で認めました。将軍と大名は、主君と家臣の関係で結ばれていたのです。
幕府の頂点幕府の大事な決定は、最後は将軍の名で行われました。外国への対応や大名の処分なども、将軍の権威のもとで決められました。
朝廷とのつながり将軍は天皇から任じられる形をとり、朝廷との関係を保ちました。1分でわかる江戸幕府のしくみ幕府・藩・朝廷の関係

3. 将軍を支えた役職

役職役割
大老必要なときだけ置かれた、最高の役職
老中ふだんの政治をまとめる中心の役職。数人が交代で担当した
若年寄老中を助け、将軍に直属する家臣などをまとめた
三奉行寺社奉行・町奉行・勘定奉行。寺社、江戸の町、財政などを担当した

こうした役職には、主に譜代大名や旗本がつきました。将軍の近くに仕える側用人が、大きな力をもった時期もあります。

4. 時代の節目となった将軍

15人全員を覚える必要はありません。江戸時代の変化を理解するうえで、節目となった将軍を挙げます。

将軍ころ何をしたか
家康初代17世紀はじめ幕府を開き、将軍を徳川家が受けつぐ形をつくった
家光3代17世紀前半参勤交代を制度にし、外国との関係を強く管理する体制を整えた。参勤交代と大名統制
綱吉5代17世紀末学問や礼儀を重んじる政治を進め、生き物を大切にするよう命じる法令(生類憐みの令)を出した
吉宗8代18世紀前半幕府の財政を立て直すため、享保の改革を行った。幕府の改革
慶喜15代19世紀後半最後の将軍。1867年に政権を朝廷に返した(くわしくは幕末のページで扱う)
生類憐みの令は、犬だけの話ではない綱吉の生類憐みの令は、犬を大切にさせた極端な法令として語られがちです。しかし、捨て子や病人、牛馬などの保護もふくむ、命を大切にするよう求める一連の法令でした。人びとの負担が大きかった面もあり、評価はさまざまです。1分でわかる元禄文化綱吉のころに栄えた上方の文化

5. まちがえやすいところ

  • 将軍が、一人で何でも決めたのではない。老中などの役職者が話し合って政治を進めた。
  • 将軍の力の強さは、人や時期によってちがった。自分で政治を動かした将軍も、役職者に任せた将軍もいた。
  • 将軍は、天皇に任じられる形をとった。朝廷は江戸時代にも続いた。
  • 将軍を「名君」「暗君」の一言で決めつけない。何をしたか、なぜそうしたかを見ることが大切。

6. 1分で深掘り

← 江戸時代にもどる

関連テーマ:老中/側用人/徳川家光/徳川綱吉/徳川吉宗

関連記事

特集記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP
CLOSE