1分でわかる
昭和・戦後
1945年〜1989年
焼け跡から、占領、憲法、冷戦、講和、高度成長、公害、石油危機、そしてバブルの入口へ。約43年間の流れを一枚で見ていきます。
1分でわかる歴史昭和・戦後
昭和・戦後 まとめ
1. ひとことで言うと
占領のもとで政治と社会の仕組みが作りかえられ、冷戦の中で講和を迎えた。
そのうえで経済が急成長し、公害や石油危機を経て、昭和の終わりには円高とバブルの時代に入った
そのうえで経済が急成長し、公害や石油危機を経て、昭和の終わりには円高とバブルの時代に入った
1945年、日本は連合国に降伏し、占領が始まりました。女性参政権、日本国憲法、農地改革、労働・教育の改革が進みます。一方で冷戦が深まると、占領政策の重点は改革から経済復興と安全保障へ移りました。1951年に講和条約と日米安全保障条約が結ばれ、翌年に主権を回復します。1950年代後半からの高度経済成長で暮らしは大きく変わりましたが、同時に公害が深刻になりました。1973年の石油危機で成長は終わり、1980年代には円高と資産価格の上昇が進みます。1989年1月7日、昭和が終わりました。
2. このページが扱う範囲
1945年の敗戦・降伏後から、1989年1月7日までを扱います。
前後とつながっている8月15日の玉音放送、9月2日の降伏文書調印、連合国軍の進駐、占領の開始には時間の差があります。降伏までは「昭和・戦前戦中」で扱いました。また、昭和が終わったあとも社会の課題は続きます。バブル経済は昭和の末にすでに進行していましたが、そのピークと崩壊は平成に入ってからで、次の「平成・令和」で扱います。
3. 43年を、一つの流れで見る
- 占領の開始(1945年〜)連合国軍が進駐し、GHQの指令を日本政府が実施する形で占領が始まる。復員と引揚げも始まった。
- 戦後改革(1945年〜1947年)女性参政権、労働組合法、農地改革、財閥解体、教育改革。1946年11月3日に日本国憲法が公布される。
- 戦争責任の追及(1946年〜1948年)極東国際軍事裁判が開かれ、公職追放も行われた。
- 冷戦と方針の変化(1948年〜1950年)経済安定九原則とドッジ・ライン。朝鮮戦争が始まり、警察予備隊がつくられる。
- 講和と主権回復(1951年〜1952年)サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約。1952年4月28日に発効し、占領が終わった。
- 政党政治の形(1955年〜1960年)自由民主党と日本社会党による55年体制。1960年に安保条約が改定され、大きな反対運動が起きた。
- 高度経済成長(1950年代後半〜1973年)所得倍増計画、東京オリンピックと東海道新幹線、家電と自動車の普及。都市化と過疎も進む。
- 公害と環境行政(1960年代〜1971年)四大公害病の被害が広がり、公害対策基本法と環境庁ができた。
- 外交の節目(1956年〜1978年)国連加盟、日韓基本条約、小笠原返還、沖縄返還、日中国交正常化と平和友好条約。
- 石油危機と安定成長(1973年〜)原油価格の高騰で戦後初のマイナス成長。省エネと産業構造の転換が進む。
- 円高とバブルの入口(1985年〜1989年)プラザ合意後の円高、金融緩和、地価と株価の上昇。1989年1月7日に昭和が終わる。
この順番は、あとから整理したものです。どの段階でも複数の選択肢と対立があり、次に起きることが決まっていたわけではありません。
4. 11のテーマ
| テーマ | ひとこと |
|---|---|
| 占領の始まり | だれが、どうやって日本を統治したのか。→ 敗戦直後とGHQ占領 |
| 戦後改革と憲法 | 制度はどう作りかえられたのか。→ 戦後改革と日本国憲法 |
| 戦争責任 | 何が、どのように裁かれたのか。→ 東京裁判と戦後処理 |
| 冷戦と朝鮮戦争 | なぜ占領の方針が変わったのか。→ 冷戦と朝鮮戦争 |
| 講和と安保 | いつ、どんな形で独立したのか。→ 講和と日米安保 |
| 55年体制 | 戦後の政党政治はどうなったのか。→ 55年体制と安保闘争 |
| 高度経済成長 | なぜ急成長し、暮らしはどう変わったのか。→ 高度経済成長 |
| 公害 | 成長の一方で何が起きたのか。→ 公害と環境問題 |
| 沖縄と外交 | 近隣国との関係をどう作り直したのか。→ 沖縄返還と戦後外交 |
| 石油危機 | 成長はなぜ終わったのか。→ 石油危機と安定成長 |
| 円高とバブル | 昭和の最後に何が始まったのか。→ 円高とバブル経済 |
5. 一本道ではなかった
戦後の日本を「占領で民主化され、高度成長で豊かになった」とまとめると、実際に起きたことの多くが見えなくなります。
- 占領の方針は途中で変わった。改革を進めた時期と、経済復興や反共を重んじた時期がある。
- 改革はGHQだけが決めたのではない。日本政府、官僚、政党、労働者や農民の動きも関わった。
- 主権を回復しても、すべてが戻ったのではない。沖縄や小笠原はアメリカの施政権下に残った。
- 成長は良いことばかりではなかった。公害、過疎、都市問題が同時に起きた。
- 成長は永久には続かなかった。石油危機を境に、経済の形そのものが変わった。
6. 昭和・戦後の年表
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1945年 | 降伏文書に調印。占領が始まる。12月、女性参政権を認める選挙法改正と労働組合法 |
| 1946年 | 女性が初めて投票した総選挙。農地改革の法律。11月3日、日本国憲法公布 |
| 1947年 | 5月3日、日本国憲法施行。教育基本法・学校教育法・労働基準法・独占禁止法・民法改正 |
| 1948年 | 極東国際軍事裁判の判決。経済安定九原則が指令される |
| 1950年 | 朝鮮戦争が始まる。警察予備隊が設置される |
| 1951年 | 9月8日、サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約に調印 |
| 1952年 | 4月28日、平和条約が発効し主権を回復。保安隊が発足 |
| 1954年 | 防衛庁と自衛隊が発足する |
| 1955年 | 社会党が統一し、保守合同で自由民主党が結成される(55年体制) |
| 1956年 | 日ソ共同宣言。国際連合に加盟する |
| 1960年 | 新安保条約が調印・発効。安保闘争。国民所得倍増計画 |
| 1964年 | 東海道新幹線が開通。東京オリンピック。OECDに加盟 |
| 1965年 | 日韓基本条約に調印 |
| 1967年 | 公害対策基本法が制定される |
| 1968年 | 小笠原諸島が返還される |
| 1971年 | 環境庁が発足する |
| 1972年 | 5月15日、沖縄が返還される。9月、日中共同声明 |
| 1973年 | 第一次石油危機。翌年度は戦後初のマイナス成長 |
| 1978年 | 日中平和友好条約。第二次石油危機が始まる |
| 1985年 | プラザ合意。円高が急速に進む |
| 1987年 | 国鉄が分割・民営化されJRとなる |
| 1989年 | 1月7日、昭和が終わる |
7. まちがえやすいところ
- GHQが日本を直接すべて統治したのではない。指令を受けた日本政府が実施する間接統治が基本だった。
- 日本国憲法は、一方だけで作られたのではない。GHQ草案、日本政府案、帝国議会の審議と修正という段階がある。
- 1952年に沖縄も戻ったのではない。沖縄の復帰は1972年。
- バブルの崩壊は昭和ではない。昭和の末は資産価格が上がっていく途中だった。
8. 次の時代へ:平成・令和
1989年1月7日に昭和が終わり、翌8日から平成が始まります。地価と株価の上昇、少子高齢化、災害、情報化、国際関係の変化など、昭和の終わりに動き出していた流れは、そのまま平成へ引きつがれます。その後どうなったのかは「平成・令和」のページで整理します。
9. つながる時代
ひとつ前の時代:1分でわかる昭和・戦前戦中敗戦と降伏までの19年 1分でわかる敗戦直後とGHQ占領占領はどのように始まったのか関連テーマ:GHQ/日本国憲法/農地改革/東京裁判/朝鮮戦争/サンフランシスコ平和条約/55年体制/所得倍増/四大公害病/沖縄返還/石油危機/プラザ合意
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