1分でわかる
明治時代
1868年ごろ〜1912年
幕府がなくなったあと、新しい政府はどのような国をつくったのか。政治、産業、教育、外交が大きく変わった44年間を一枚で見ていきます。
1分でわかる歴史明治時代
明治時代 まとめ
1. ひとことで言うと
新政府は、藩をなくして全国を直接治める仕組みをつくり、税・軍隊・教育・産業を一気に組みかえた。
その中で、暮らしは大きく変わり、同時に重い負担や対立、対外進出による支配も生まれた
その中で、暮らしは大きく変わり、同時に重い負担や対立、対外進出による支配も生まれた
明治政府は、まず藩を廃止して中央政府が全国を治める形をつくりました。続いて身分、税、兵役、学校の制度を新しくし、産業を育て、欧米の制度や技術を取り入れます。一方で、負担の重さから各地で一揆や士族の反乱が起こり、政治への参加を求める自由民権運動が広がりました。1889年に憲法が発布され、翌年には国会が開かれます。さらに日清戦争・日露戦争を経て、日本は台湾や韓国を支配する国になりました。産業が発達する一方で、労働問題や公害も生まれています。
2. このページが扱う範囲
1868年ごろから、1912年に明治天皇が亡くなって大正と改元されるまでを扱います。
一日で切り替わったのではない1868年に入っても、戊辰戦争はまだ続いていました。全国には藩が残り、身分の仕組みも、江戸時代からの決まりも残っていました。新政府自身も、どんな国をつくるかを試行錯誤しながら制度を変えていきます。「明治維新」は、1868年の一つのできごとではなく、幕末から明治初期にかけて、政権の交代、戦争、廃藩置県、身分・税・軍・教育の改革が段階的に進んだ大きな変革として整理するのが自然です。
1872年までの日付は、当時使われていた暦(旧暦)で書いています。
3. 大きな流れ
- 国の形をつくる(1868〜1871年)五箇条の御誓文で方針を示し、版籍奉還を経て、廃藩置県で藩を廃止。中央政府が全国を治める形になる。
- 社会の仕組みを変える(1871〜1873年)身分の呼び方を改め、地租改正で税を、徴兵令で軍隊を、学制で教育を新しくする。各地で反対の一揆も起こる。
- 欧米に学び、政府が割れる(1871〜1877年)岩倉使節団が欧米の制度を調べる。帰国後、朝鮮への使節派遣をめぐって政府が分裂し、士族の反乱、西南戦争へ。
- 産業と暮らしが変わる(1870年代〜)官営工場、鉄道、郵便、銀行などが整えられ、都市では洋風の生活が広がる。
- 政治参加を求める(1874〜1890年)自由民権運動が広がり、国会開設の勅諭を経て、大日本帝国憲法の発布と帝国議会の開設へ。
- 外の世界との関係(1894〜1911年)条約改正が進み、日清戦争・日露戦争を経て、台湾と韓国を支配する国になる。
- 産業社会の課題(1900年前後〜)工業が発達する一方、労働問題や公害が大きな問題になる。
あとから見ると一本の道に見えますが、実際には、政府の中でも進め方をめぐって激しい対立があり、人びとの反発や抵抗も続いていました。
4. 4つの分野で見る
政治のしくみ藩をなくして全国を直接治める形をつくり、やがて憲法と議会を備えた国になりました。ただし、政治に参加できる人は限られていました。
くらしと社会身分の呼び方が変わり、学校ができ、鉄道や郵便が通りました。一方で、重い税や兵役、工場での長時間労働などの負担もありました。
産業と経済政府が工場や鉄道を整え、やがて民間の会社が産業の中心になります。製糸や紡績から、鉄鋼などの重工業へと広がりました。
外国との関係不平等条約の改正に長い時間をかけて取り組み、その一方で、戦争を経て台湾や韓国を支配する側になりました。
5. 12のテーマで見る
1分でわかる明治政府と廃藩置県どうやって全国を治める国に変えたのか 1分でわかる四民平等と三つの改革身分・税・軍隊・教育がどう変わったのか 1分でわかる岩倉使節団と西南戦争新政府の中で何が起きたのか 1分でわかる富国強兵と文明開化産業と暮らしはどう変えられたのか 1分でわかる自由民権運動なぜ国会や憲法を求めたのか 1分でわかる大日本帝国憲法と帝国議会だれが政治を動かす仕組みだったのか 1分でわかる条約改正なぜ40年以上かかったのか 1分でわかる日清戦争と台湾朝鮮をめぐる対立と、植民地支配の始まり 1分でわかる日露戦争勝っても不満が残ったのはなぜか 1分でわかる韓国併合段階的に支配が強まっていった過程 1分でわかる明治の産業革命と社会問題働き方と暮らしはどう変わったのか 1分でわかる明治の文化と教育学校、学問、文学はどう変わったのか6. 成功物語だけでは見えないもの
明治時代には、教育や交通、産業、医療、科学、政治の仕組みが大きく変わりました。同時に、次のようなことも起きています。
- 重い負担。地租改正や徴兵令、学校の費用は、人びとの大きな負担になり、各地で反対の一揆が起こった。
- 政府への反発。士族の反乱、自由民権運動、言論の取りしまりなど、政府と人びとの対立が続いた。
- 働く人の問題と公害。工場の長時間労働や、足尾銅山の鉱毒のような公害が大きな問題になった。
- 戦争と支配。二つの戦争で多くの人が亡くなり、日本は台湾や韓国を支配する国になった。
明るい面だけでも、暗い面だけでもなく、両方を見ることが大切です。
7. まちがえやすいところ
- 明治維新で、一気に近代国家になったのではない。制度は段階的に変わり、試行錯誤や反発があった。
- 版籍奉還で、藩がなくなったのではない。藩が廃止されたのは1871年の廃藩置県。
- 四民平等で、すぐに全員が平等になったのではない。制度の変更と、現実の差別や格差は別の問題。
- 文明開化で、日本中が西洋風になったのではない。都市と農村、人びとの立場によって、広がり方は大きくちがった。
8. 年表で見る
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1868年 | 五箇条の御誓文。江戸を東京と改め、明治に改元する |
| 1869年 | 版籍奉還。蝦夷地を北海道と改め、開拓使を置く |
| 1871年 | 廃藩置県。岩倉使節団が出発する |
| 1872年 | 学制。新橋と横浜の間に鉄道が開通する |
| 1873年 | 徴兵令。地租改正条例。明治六年の政変 |
| 1877年 | 西南戦争 |
| 1879年 | 琉球藩を廃して沖縄県を置く |
| 1881年 | 国会開設の勅諭が出される |
| 1889年 | 大日本帝国憲法が発布される |
| 1890年 | 第1回衆議院議員総選挙。第1回帝国議会 |
| 1894年 | 日英通商航海条約。日清戦争が始まる |
| 1895年 | 下関条約。三国干渉。台湾の統治が始まる |
| 1904年 | 日露戦争が始まる |
| 1905年 | ポーツマス条約。第2次日韓協約 |
| 1910年 | 韓国併合条約 |
| 1911年 | 関税自主権を回復する。工場法が成立する |
| 1912年 | 明治天皇が亡くなり、大正と改元される |
9. 次の時代へ:大正
日露戦争のあと、日本は産業と都市が大きく成長し、政党の力も強まっていきました。一方で、重い税や労働の問題、社会運動も広がります。1912年に明治天皇が亡くなり、大正と改元されました。政党政治や社会運動が大きく動く時代は、大正のページで整理します。
10. つながる時代
ひとつ前の時代:1分でわかる幕末幕府から新政府への移り変わり 1分でわかる幕末から明治へ新政府の最初の一歩関連テーマ:大久保利通/木戸孝允/伊藤博文/板垣退助/大隈重信/陸奥宗光/田中正造
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