建武の新政と南北朝

1分でわかる

建武の新政と南北朝

1333年〜1392年(鎌倉時代の終わり → 室町時代へ)
鎌倉幕府が滅びたあと、なぜすぐに安定した政治にならなかったのか。天皇が二人並び立った、約60年の争いを見ていきます。
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1分でわかる歴史鎌倉時代 → 室町時代

建武の新政と南北朝 まとめ

1. ひとことで言うと

後醍醐天皇の新しい政治は3年ほどでくずれ、
足利尊氏の立てた京都の朝廷と、吉野の朝廷が並び立った

1333年、鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇は、天皇が自ら政治を行う建武の新政を始めました。しかし、土地の権利や恩賞をめぐる混乱が続き、武士の政権を望む声も強まる中で、足利尊氏が新政から離れます。尊氏は京都で別の天皇を立て、後醍醐天皇は吉野(いまの奈良県)へ移りました。京都の北朝と吉野の南朝が争う南北朝の時代は、約60年続きます。1分でわかる鎌倉幕府はなぜ滅びた?1333年に至るまでの道すじ

2. 建武の新政がめざしたもの

後醍醐天皇は、摂政や関白、幕府を置かず、天皇が直接すべてを決める政治をめざしました。土地の権利を認めるのも、天皇の命令書(綸旨)によって行おうとします。訴えを扱う役所を新しく置き、地方には国司と守護を並べて置きました。

3. なぜ、短い期間でくずれたのか

理由はひとつではなく、いくつもの問題が重なっていたと考えられています。

土地と恩賞をめぐる混乱幕府を倒すために戦った武士たちは、恩賞や土地の権利の保障を求めて都に集まりました。しかし、天皇がすべてを決めようとしたため手続きが追いつかず、決定が変わることもあって、争いがかえって増えました。
急な変化と、重い負担それまでのしくみを大きく変えたことで、貴族にも武士にも戸惑いが広がりました。大内裏をつくり直す計画なども、人びとの負担になりました。都の混乱ぶりは、「二条河原落書」とよばれる落書きにも皮肉られています。
武士の政権を望む声多くの武士は、鎌倉幕府のような、武士の土地を守ってくれる政権を望んでいました。その期待は、源氏の名門で、幕府を倒す戦いでも大きな役割を果たした足利尊氏に集まっていきます。

新政がすべての武士を冷たく扱ったのではありません。天皇の側についた武士も多くいました。それでも、多くの人の願いを同時にかなえることはできなかったのです。

4. 尊氏の動きと、二つの朝廷

  1. 1335年北条氏の残党が鎌倉を攻める。尊氏は天皇の許しを得ないまま鎌倉へ向かって戦い、そのまま新政から離れていく。
  2. 1336年尊氏は一度九州へ逃れるが、再び攻め上り、湊川の戦いで楠木正成らを破って京都に入る。新しい天皇(北朝)を立て、政治の方針を示した(建武式目)。
  3. 1336年の末後醍醐天皇は京都を逃れて吉野に移り、自分こそ正しい天皇だと主張する(南朝)。
  4. 1338年尊氏が、北朝から征夷大将軍に任じられる。
室町幕府は、いつできた?尊氏が政治の方針を示した1336年とする見方と、征夷大将軍になった1338年とする見方があります。鎌倉幕府と同じように、段階をふんで形になったと考えるとつかみやすくなります。

5. なぜ、南北朝の争いは長引いたのか

幕府の中でも争いが起きた尊氏と弟の直義が対立し、幕府が二つに割れて争いました(観応の擾乱)。争いの中で、どちらかが南朝と手を結ぶこともありました。
武士たちが、都合で味方を変えた各地の武士は、自分の土地や一族の争いに有利なほうにつきました。南朝か北朝かは、それぞれの争いの旗印にもなったのです。
南朝も各地に拠点をもった南朝は吉野だけでなく、九州などにも勢力をもち、しぶとく戦い続けました。

1392年、3代将軍の足利義満のもとで南朝と北朝は一つになり、約60年の南北朝の時代は終わりました。1分でわかる足利義満と日明貿易南北朝を一つにした将軍

6. この争いが残したもの

長い争いの中で、幕府は各地の武士をまとめるため、国ごとの守護に大きな力を与えていきました。守護は、やがて国を支配する守護大名へと成長します。1分でわかる室町幕府と守護大名なぜ守護は、こんなに強くなったのか

7. まちがえやすいところ

  • 北朝は京都、南朝は吉野。北朝は足利氏が支えた朝廷、南朝は後醍醐天皇の朝廷。
  • 建武の新政の失敗を、一つの理由だけで説明しない。恩賞や土地の混乱、急な変化、武士の期待など、いくつもの問題が重なった。
  • 室町幕府の成立は、1336年と1338年の見方がある。どちらか一つだけが正解というわけではない。
  • 尊氏は、はじめは後醍醐天皇の側で鎌倉幕府を倒した。そのあとで新政から離れた。

8. 1分で深掘り

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関連テーマ:後醍醐天皇/楠木正成/湊川の戦い/建武式目/吉野

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