荘園と武士の成長

1分でわかる

荘園と武士の成長

9世紀〜12世紀
地方の政治と土地のしくみが変わっていく中で、武装した人びとの結びつきが広がり、武士が力をつけていきました。
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1分でわかる歴史平安時代

荘園と武士の成長 まとめ

1. ひとことで言うと

地方の社会が大きく変わっていく中で、
武芸を身につけ、武装した人びとの結びつきが広がっていった

平安時代の中ごろ、国は地方の政治を国司に大きく任せるようになり、貴族や寺社がもつ土地である荘園も増えていきました。同じころ、地方の有力者や、都から下ってきた武芸の家がらの人びとが、武力をもって土地や一族を守り、治安を担うようになります。こうした人びとが、やがて武士とよばれる集団になっていきました。

2. 地方の政治が変わる:国司と受領

奈良時代には、戸籍をもとに人びとに田を貸し、税を取るしくみがありました。しかし、戸籍の偽りや田の不足などで、このしくみは続けにくくなっていきます。1分でわかる墾田永年私財法奈良時代に、土地のしくみはどう変わり始めたか

国司に任せる政治へ10世紀ごろになると、朝廷は、決まった量の税を納めさせる代わりに、国の治め方を国司に大きく任せるようになりました。現地に赴いた国司の最高責任者を、受領とよびます。
へえ国司を訴えた人びと988年、尾張国(いまの愛知県西部)の郡司や百姓たちが、国司の藤原元命の厳しい取り立てなどを朝廷に訴えました。受領の中には、任地で大きな富を築く人もいたのです。

3. 荘園の広がり

土地ようす
荘園貴族や寺社などがもつ土地。税を納めなくてよい権利(不輸)や、国司の使いを立ち入らせない権利(不入)を認められたものもあった
公領国司が治める、国の土地。荘園が広がっても、公領もたくさん残った

荘園は、奈良時代の開墾地から始まり、形を変えながら増えていきました。地方で土地を開いた有力者が、その土地を都の貴族や寺社に寄せ、守ってもらう形をとったこともあります。11世紀後半から12世紀にかけては、上皇や摂関家、大寺社のもとで、広い範囲をまとめた荘園が数多く立てられました。荘園がどうやってできたのかは研究が進んでおり、ひとつの形だけでは説明できないことが分かってきています。

4. 武士は、どこから出てきた?

武士の始まりには、いくつもの流れがあったと考えられています。

地方の有力者が、武装する土地を開き、一族や従う人びとを率いる地方の有力者が、自分たちの土地を守り、ほかの勢力や国司と争うために武力を備えました。
都の武芸の家がらが、地方へ弓や馬の技を家の仕事として受けつぐ家がらが、都にありました。天皇の子孫が臣下となった源氏や平氏などがその代表で、国司として地方へ下り、そのまま土地に根をおろす人もいました。
朝廷や国司が、武力を必要とした地方の争いや盗賊、反乱をしずめるために、朝廷や国司は武芸にすぐれた人びとの力を借りました。都でも、宮中の警備などに武士が用いられました。

地方の社会から生まれた力と、都の武芸の家がらとが結びつくことで、武士の集団は大きくなっていきました。「荘園が増えたから武士が生まれた」というような、ひとつの原因だけで説明できるものではありません。

5. 武士団のしくみ

立場ようす
棟梁多くの武士をまとめるかしら。源氏や平氏の有力者がなることが多かった
家子棟梁の一族の者
郎党棟梁に仕える家来

6. 地方の大きな争いと武士

争い年・場所ひとこと
平将門の乱939〜940年/関東一族の争いから国府を攻め、みずから「新皇」と名のった。平貞盛・藤原秀郷らにより倒される
藤原純友の乱939〜941年/瀬戸内海もとは海賊を取りしまる側の役人だった純友が、海賊を率いて反乱を起こした
前九年合戦1051〜1062年/東北源頼義・義家が、清原氏の助けを得て、安倍氏を倒した
後三年合戦1083〜1087年/東北清原氏の争いに源義家が加わった。このあと、藤原清衡が平泉を中心に力を広げる(奥州藤原氏)

反乱を起こしたのも、それをしずめたのも、武芸を身につけた人びとでした。朝廷は、武士の力にたよるようになっていきます。前九年・後三年は、「〜の役」とよばれることもあります。

7. 源氏と平氏

一族ひとこと
源氏清和天皇の子孫の源氏が武士として力をのばした。東北での戦いを通じて、東国の武士とのつながりを深めた
平氏桓武天皇の子孫。その中の伊勢平氏は、瀬戸内海など西国に基盤を広げ、都の上皇に仕えて力をのばした

8. まちがえやすいところ

  • 「荘園が増えた → 武士が生まれた」ではない。地方の社会の変化、都の武芸の家がら、治安への必要など、いくつもの流れが重なった。
  • 荘園が広がっても、国の土地(公領)はなくならなかった。荘園と公領が並んで存在した。
  • 平将門と藤原純友は、同じころの別の反乱。将門は関東、純友は瀬戸内海。
  • 源氏も平氏も、もとは天皇の子孫。源氏=清和天皇などの子孫、平氏=桓武天皇などの子孫。

9. 1分で深掘り

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関連テーマ:受領/平将門/奥州藤原氏/中尊寺金色堂

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