白村江の戦いと東アジア

1分でわかる

白村江の戦いと東アジア

660年〜670年ごろ
百済を助けるために海を渡った倭の軍は、唐・新羅の軍に大敗しました。そのあと倭は、守りを固め、国の中のしくみづくりを急いでいきます。
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1分でわかる歴史飛鳥時代

白村江の戦いと東アジア まとめ

1. ひとことで言うと

663年、百済を助けた倭の軍が、唐・新羅の軍に大敗。
そのあと倭は、攻められることに備えて、守りと国づくりを急いだ

7世紀の東アジアでは、中国の唐が大きな力をもち、朝鮮半島の国々の関係も大きく動いていました。倭(のちの日本)は、長く関係の深かった百済を助けるために軍を送りましたが、白村江で大敗します。この敗戦のあと、九州から都のまわりにかけて守りの施設がつくられ、全国的な戸籍づくりなど、国の中のしくみも整えられていきました。「白村江」は「はくそんこう」とも「はくすきのえ」とも読みます。

2. 東アジアで何が起きていたのか

年できごと
618年中国で隋が滅び、唐が建国される
660年唐と新羅が手を結び、百済を滅ぼす
663年白村江の戦い
668年唐と新羅が、高句麗を滅ぼす
676年新羅が唐の勢力を追い出し、朝鮮半島の大部分をまとめる

わずか十数年のあいだに、朝鮮半島の勢力図は大きく塗りかえられました。

3. なぜ、百済を助けたのか

理由はひとつではなく、いくつかの事情が重なっていたと考えられています。

百済との深い関係百済は、仏教や多くの技術を伝えてくれた国でした。倭には、百済の王子の豊璋が長く滞在していました。
百済の復興をめざす人びとの願い百済が滅びたあと、国を立て直そうとする人びとが、倭に助けを求め、王子の帰国を願いました。
朝鮮半島とのつながりを保つ鉄や技術、知識を手に入れるうえで、朝鮮半島とのつながりは、倭にとってとても大切なものでした。

661年、斉明天皇はみずから九州へ向かいましたが、その地で亡くなります。そのあとは、中大兄皇子が即位しないまま政治を行い、朝鮮半島へ軍を送りました。

4. 663年:白村江の戦い

倭と百済の復興軍は、朝鮮半島の南西部の白村江(いまの錦江の河口付近とされる)で、唐・新羅の軍と戦いました。倭の水軍は唐の水軍に大敗し、百済を立て直す試みは失敗に終わります。このあと、多くの百済の人びとが倭へ渡ってきました。

5. 敗戦のあと①:守りを固める

唐・新羅の軍が攻めてくるかもしれない。そうした危機感の中で、守りの施設がつくられました。

守り内容
防人さきもり対馬・壱岐・九州北部の守りにつかせた兵士
烽とぶひのろし台。煙や火で、急な知らせを遠くへ伝える
水城みずき九州北部(いまの福岡県)に築いた、堀をともなう大きな土の堤
山城やまじろ大野城・基肄城など。倭へ渡った百済の人びとの技術で築かれた、朝鮮式の山城

山城は、九州から瀬戸内、大和(いまの奈良県)の近くにまで築かれました。

6. 敗戦のあと②:国の中を整える

667年、近江大津宮へ中大兄皇子は、都を飛鳥から近江(いまの滋賀県)の大津宮へ移し、翌668年に即位して天智天皇となりました。都を移した理由には、守りのため、交通の便のためなど、いくつかの考えがあります。
670年、全国的な戸籍:庚午年籍全国の人びとを把握するための戸籍がつくられました。人びとを国が直接つかむしくみは、兵を集めたり税を取ったりするための土台になります。
「負けたから律令国家」ではない敗戦による危機感は、国づくりを急がせる大きなきっかけのひとつになったと考えられています。ただ、改革の流れは、それ以前の大化の改新から続いていました。1分でわかる乙巳の変と大化の改新645年から始まった改革の流れ

7. そのあと、どうなった?

心配されていた唐・新羅の攻撃は、結局ありませんでした。唐と新羅が、朝鮮半島の支配をめぐって争うようになったためです。一方、倭の国内では、671年に天智天皇が亡くなると、翌672年に、天皇の位をめぐる壬申の乱が起こります。

8. まちがえやすいところ

  • 倭が助けたのは百済。戦った相手は、唐と新羅。
  • 「白村江で負けたから、律令国家になった」とは言い切れない。敗戦は国づくりを急がせたが、改革はそれ以前から続いていた。
  • 防人は、白村江のあとだけのものではない。奈良時代にも続き、東国の人びとが多く送られた。『万葉集』には防人の歌も残る。
  • 天智天皇は、中大兄皇子。天武天皇(大海人皇子)と逆にしない。

9. 1分で深掘り

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関連テーマ:防人/水城/大野城/近江大津宮/庚午年籍

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