金融危機・デフレと働き方の変化

1分でわかる

金融危機・デフレと働き方の変化

1990年代後半〜2000年代
銀行や証券会社の破綻は、なぜ起きたのか。そしてそれは、働く人の暮らしにどう及んだのかを見ていきます。
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金融危機・デフレと働き方の変化 まとめ

1. ひとことで言うと

回収できない貸付が積み上がり、1997年に大手金融機関の破綻が続いた。
企業は人件費を抑え、新しく採用される人が減って、働き方そのものが変わっていった

バブル崩壊後の不良債権は、時間がたつほど重くなりました。1997年11月、証券会社と銀行の破綻が相次ぎ、金融システム全体への不安が広がります。政府は公的資金を使って銀行の自己資本を増やす対応をとりました。一方、企業は採用を減らし、正社員以外の働き方が増えていきます。物価も上がらない状態が続きました。

2. 1997年11月に起きたこと

  1. 11月3日 三洋証券会社更生法の適用を申請。金融機関どうしが短期の資金をやりとりするコール市場で返済ができなくなり、「相手が返せないかもしれない」という不安が広がるきっかけになった。
  2. 11月17日 北海道拓殖銀行資金繰りがつかなくなり破綻。営業は北洋銀行へ譲渡された。大手銀行の破綻は当時としては異例だった。
  3. 11月24日 山一證券経営が行きづまり、自主廃業を発表した。
  4. 11月26日 德陽シティ銀行破綻。金融市場の不安定さは一段と高まった。
なぜ連鎖したのか金融機関はたがいに資金を貸し借りしています。どこか一つが返せなくなると、「次はどこか」という疑いが広がり、貸すこと自体が止まります。1997年の混乱は、個別の経営判断だけでなく、つながっている仕組みそのものが抱えるもろさを見せました。

3. 政府と日本銀行の対応

年できごと
1996年いわゆる金融3法が成立。預金保険機構の機能強化、整理回収の仕組み、早期是正措置などが定められた
1997年11月に大手金融機関の破綻が相次ぐ
1998年2月、金融機能安定化法などが成立し、公的資金による資本注入が実施される
1998年4月、全部改正された日本銀行法が施行される
1998年6月、金融監督庁が発足。金融システム改革のための法律も成立する
1998年12月、金融再生委員会が発足する

公的資金、つまり税金を使って民間の銀行を支えることには強い反対もありました。一方で、銀行が次々に倒れると、預金や企業への融資が止まり、経済全体が動かなくなるという判断もありました。どちらの見方にも理由があり、当時から評価は分かれています。

4. デフレとは何だったのか

物価が下がり続ける状態をデフレといいます。「安く買える」と聞くと良いことのようですが、経済全体では次のことが同時に起きます。

  • 企業の売上が減る値段を上げられず、売上が伸びない。
  • 賃金が上がりにくい売上が伸びないため、給料も増やしにくい。
  • 借金が重くなる物価が下がると、同じ金額の借金の実質的な重さが増す。
  • 買い控えが起きる「もっと下がるかもしれない」と考えると、買うのを先送りしやすい。

この循環から抜け出すのに、日本は長い時間をかけることになりました。

5. 就職氷河期

定義は一つではない厚生労働省の資料では、就職氷河期世代は「バブル経済崩壊後の不況期(概ね1993年~2004年)に学校卒業期を迎えた世代」と説明されています。「概ね」とあるとおり、年の区切りには幅があり、資料によって範囲が違うこともあります。特定の生年で線を引く用語ではないことに注意してください。

企業は業績が悪化すると、すでにいる社員を減らすより先に、新しく採用する人数を減らします。その結果、たまたまこの時期に学校を卒業した人たちが、希望する仕事に就きにくくなりました。

厚生労働省の資料によれば、2018年の時点で、正社員を希望しながら非正規で働いている人の割合は、この世代で14.1%、全体では12.8%でした。政府は2020年度から、この世代への集中的な支援を行っています。

6. 働き方はなぜ変わったのか

一つの原因で説明しない非正規で働く人が増えたことを「規制緩和のせい」または「企業が悪い」とだけ説明すると、実際の変化が見えなくなります。次の要素が重なっています。
要素内容
景気売上の見通しが立たず、企業は固定的な人件費を増やしにくくなった
産業製造業の比重が下がり、サービス業が増えた。忙しい時間帯に合わせて働く形が求められた
制度労働者派遣の対象となる業務が段階的に広げられ、のちに製造業でも認められた
企業行動長期雇用を前提とした採用と育成を見直す動きが広がった
働く側時間を選んで働きたい人も増え、共働きや学生の就業も広がった

結果として、同じ職場に正社員と非正規の人が並んで働き、待遇に差がある状態が広く見られるようになりました。これはのちに、同じ仕事なら同じ待遇にすべきだという議論につながっていきます。

7. 2008年の世界金融危機

2008年、アメリカの住宅ローンをめぐる問題から、世界的な金融不安が起こりました。日本の金融機関が受けた直接の打撃は比較的小さかったものの、輸出が急に落ちこみ、製造業を中心に生産が止まります。

このとき表面化したのが、景気の変動が真っ先に非正規で働く人に及ぶという問題でした。契約の期間が残っていても仕事を失い、寮に住んでいた人は住まいも同時に失う例が相次ぎます。年末には、住まいを失った人を支える取り組みが行われました。

1990年代との違い1990年代の危機は、日本の金融機関が抱えた不良債権が原因でした。2008年は、海外で起きた金融の問題が、貿易を通じて日本の生産と雇用に及んだものです。同じ「金融危機」という言葉でも、原因の場所と伝わり方が違います。

8. まちがえやすいところ

  • 破綻は1997年だけの出来事ではない。バブル崩壊から数年かけて悪化した結果である。
  • 公的資金の投入は評価が定まっていない。必要だったという見方と、反対する見方の両方がある。
  • デフレは「安くて助かる」だけではない。賃金や雇用にも影響が及ぶ。
  • 就職氷河期世代は生年で決まる区分ではない。公的資料でも「概ね」と幅をもたせている。

9. 1分で深掘り

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関連テーマ:三洋証券/北海道拓殖銀行/山一證券/コール市場/公的資金/資本注入/金融監督庁/デフレ/就職氷河期/非正規雇用/労働者派遣

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