阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件

1分でわかる

阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件

1995年
1995年に起きた二つの出来事は、日本社会に何を突きつけたのか。それぞれ別の出来事として整理して見ていきます。
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1995年 まとめ

1. ひとことで言うと

1月に大都市を直撃する地震が起き、3月に都市の地下鉄で化学剤による無差別の事件が起きた。
別々の出来事だが、どちらも「安全だと思っていた日常」の前提を問い直させた

1995年1月17日、兵庫県南部を震源とする地震が起き、神戸を中心に大きな被害が出ました。同じ年の3月20日、東京の地下鉄で猛毒の化学剤がまかれる事件が起こります。二つは原因も性質もまったく違う出来事です。ただ、災害への備え、都市の弱さ、緊急時に誰がどう動くのかという問題を、社会が同時に考えることになった年でした。

二つの出来事に因果関係はありません同じ年に起きたからといって、一方がもう一方を引き起こしたわけではありません。ここでは、それぞれ別に整理したうえで、社会の受け止めという点だけを最後にまとめます。

2. 阪神・淡路大震災

1995年1月17日5時46分、淡路島北部の深さ約16kmを震源とする地震が発生しました。これを兵庫県南部地震といい、この地震による災害が阪神・淡路大震災です。

項目内容
発生1995年1月17日5時46分
規模マグニチュード7.3(当初7.2とされ、2001年4月23日に改められた)
震度神戸市の一部と淡路島北部で震度7
人的被害死者6,434名、行方不明者3名、負傷者43,792名(うち重傷10,683名、軽傷33,109名)。内閣府の資料による2005年12月22日現在の数値
住家被害全壊104,906棟、半壊144,274棟、一部破壊390,506棟

被害が大きくなった理由は複数あります。大都市の直下で起きたこと、早朝で多くの人が就寝中だったこと、古い木造住宅が多い地域があったこと、同時に多くの火災が起きたこと、高速道路や鉄道などの施設が壊れて救助や物資輸送が難しくなったことなどです。

3. 震災が変えたこと

  • 建物の耐震建築物の耐震改修を進める法律が同じ年に制定され、既存の建物の補強が課題として位置づけられた。
  • 広域の応援一つの自治体では対応しきれないことがはっきりし、自治体どうしの応援や自衛隊の派遣の仕組みが見直された。
  • ボランティア全国から多くの人が支援に入り、のちに「ボランティア元年」と呼ばれるようになる。1998年には特定非営利活動促進法(NPO法)が成立した。
  • 生活の再建住まいと暮らしをどう立て直すかが課題となり、1998年に被災者生活再建支援法が制定された。
  • 震災関連死避難生活の中で体調を崩して亡くなる方がいることが広く知られ、直接の被害と区別して考えられるようになった。

これらは、のちの東日本大震災や能登半島地震への対応にもつながっていきます。1分でわかる東日本大震災と福島第一原発事故2011年に起きたこと

4. 地下鉄サリン事件

1995年3月20日の通勤時間帯、東京の地下鉄で、霞ケ関駅へ向かう3路線5方面の電車内に、猛毒の化学剤サリンがまかれました。宗教団体オウム真理教の幹部らによる、不特定多数を対象とした事件です。

項目内容
発生1995年3月20日の通勤時間帯
場所営団地下鉄(当時)の3路線5方面の電車内
被害死者13人、負傷者5,800人以上。2020年3月にさらに1人が亡くなり、死者は14人となった
数値の基準オウム真理教犯罪被害者等の救済に関する法律にもとづく給付金の支給にあたり、2010年3月までに認定された数(公安調査庁の資料による)

前年の1994年6月27日には、長野県松本市でも同じ化学剤による事件が起き、死者8人、負傷者約140人の被害が出ています。地下鉄の事件のあと、警察による捜査が進み、関係者が逮捕・起訴されました。

団体と信仰を分けて考えるこの事件は、特定の団体の幹部らが計画し実行したものです。宗教を信じること自体が問題だったのではありません。また、被害に遭われた方には、後遺症や体調の不調が長く残った例があります。1MINでは、症状の詳しい描写はしません。

5. 事件が変えたこと

  • 化学剤への備えサリンなどの製造・所持を禁じる法律が同じ1995年に制定された。
  • 救急と医療大量の患者が短時間に発生する事態への備えが、病院や消防の課題として認識された。
  • 駅と交通駅の設備や、不審物への対応の考え方が見直された。
  • 被害者の救済のちに、被害者へ給付金を支給する法律が作られた。

6. 1995年という年

この年は、経済ではバブル崩壊後の不良債権が重くなり、金融機関の経営が悪化していた時期にあたります。そこへ大震災と無差別の事件が重なりました。

共通していたのは、「大きな出来事が起きたとき、誰が、どれだけの速さで動けるのか」という問いです。行政の初動、情報の伝わり方、専門家の役割、市民が自分たちでできること。これらが具体的な課題として意識されるようになりました。

ただし、この年に「日本社会が変わった」と一言でまとめるのは行き過ぎです。制度の見直しは何年もかけて進み、その効果が問われるのは、次の大きな災害のときでした。

7. まちがえやすいところ

  • 二つの出来事はつながっていない。同じ1995年に起きた、別々の出来事である。
  • 兵庫県南部地震と阪神・淡路大震災は指すものが違う。前者は地震そのもの、後者はその地震による災害の呼び名。
  • 被害の数値には基準日がある。時間がたってから確定・更新されるものがある。
  • 地震の規模は途中で改められた。当初7.2とされ、のちに7.3となった。

8. 1分で深掘り

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関連テーマ:兵庫県南部地震/震度7/耐震改修/ボランティア元年/NPO法/被災者生活再建支援法/震災関連死/サリン/無差別事件/被害者救済

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