各地の戦国大名

1分でわかる

各地の戦国大名

16世紀を中心に
戦国時代、日本の各地ではどんな勢力が競い合っていたのか。信長が現れる前から、全国各地にそれぞれの政治の世界がありました。
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1分でわかる歴史戦国時代

各地の戦国大名 まとめ

1. ひとことで言うと

日本の各地で、それぞれの地域の大名たちが、
争いと同盟をくり返しながら、自分の領国を広げていた

室町幕府の力が地方に届かなくなると、それぞれの地域で有力な大名が現れ、周りの勢力と争ったり手を結んだりしながら、領国を広げていきました。戦国時代には、京都を中心とする一つの政治だけでなく、東北、関東、中部、中国、四国、九州など、地域ごとにいくつもの政治の世界が並び立っていたのです。

2. 地域ごとに見る

ここでは、16世紀半ばごろのおもな勢力を、地域ごとに並べています。すべての大名を覚える必要はありません。

地域おもな勢力ようす
東北伊達氏など多くの大名や国衆が入り組み、一族や婚姻のつながりの中で争いと和解をくり返した
関東北条氏小田原を本拠に、古くからの関東の勢力を抑えて、関東の多くを治めた
甲信越武田氏・上杉氏甲斐の武田氏が信濃へ広がり、越後の上杉氏(もとは長尾氏)とぶつかった
東海今川氏・織田氏・松平氏駿河の今川氏が大きな力をもち、尾張の織田氏、三河の松平氏(のちの徳川氏)などと関わった
畿内将軍・細川氏・三好氏京都をめぐって、将軍と有力者たちの争いが続き、阿波(四国)から来た三好氏が一時実権をにぎった
中国大内氏・尼子氏・毛利氏大内氏と尼子氏が争い、やがて安芸の毛利氏が中国地方の多くをまとめた
四国三好氏・長宗我部氏土佐の長宗我部氏が力をのばし、のちに四国の多くに勢力を広げた
九州大友氏・龍造寺氏・島津氏豊後の大友氏、肥前の龍造寺氏、薩摩の島津氏などが競い合った

3. なぜ、各地に有名な大名がいたのか

それぞれの地域が、一つの政治の世界だった幕府の力が及ばなくなると、地域の争いは、その地域の中で決着をつけるしかありませんでした。そのため、各地で周りの勢力をまとめた大名が生まれました。
地域の条件がちがった大きな平野、港、鉱山、交通の要所など、地域ごとの条件が、大名の力の大きさや広がり方を左右しました。

4. 争いと同盟が意味したもの

有名な合戦は、名前を覚えることより、「何をめぐる争いだったのか」を見ると分かりやすくなります。

同盟で背中を守る:甲相駿三国同盟(1554年)甲斐の武田氏、相模の北条氏、駿河の今川氏が、婚姻を結んで同盟しました。背後の心配をなくし、武田氏は信濃・越後方面へ、北条氏は関東へ、今川氏は西の三河・尾張方面へ力を向けることができました。
境目をめぐる争い:川中島の戦い武田信玄と上杉謙信は、信濃北部の川中島付近で何度も戦いました。信濃北部を追われた武士たちが上杉氏を頼ったことなどから、両者の勢力の境目となったこの地域をめぐる争いが続きました。
地域の主役が入れかわる:厳島の戦い(1555年)安芸の毛利元就が、大内氏の実権をにぎっていた陶氏を破りました。これをきっかけに、毛利氏は中国地方の大きな勢力へと成長していきます。1分でわかる戦国大名と下剋上大内氏と陶氏、そして毛利氏

5. 幕府の権威は、まだ意味をもっていた

戦国大名たちは、幕府から役職や名誉を得ることで、自分の立場を正式なものにしようとしました。越後の長尾景虎は、関東管領の上杉氏の家を継いで上杉政虎(のちの謙信)と名のり、関東へたびたび出兵しています。幕府の力は弱まっても、その権威が消えたわけではなかったのです。

6. まちがえやすいところ

  • 戦国時代の主役は、信長だけではない。信長が現れる前から、各地に有力な大名がいた。
  • 北条氏(小田原)は、鎌倉時代の北条氏とは別の家。
  • 上杉謙信は、もとは長尾氏。関東管領の上杉氏の家を継いで、上杉を名のった。
  • 合戦は、名前より「何をめぐる戦いか」が大切。境目、交通路、同盟関係などを見ると分かりやすい。

7. 1分で深掘り

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関連テーマ:北条氏康/武田信玄/上杉謙信/毛利元就/大友宗麟/島津氏

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