1分でわかる
旧石器・縄文
約4万年前ごろ 〜 約3000〜2500年前ごろ
列島に人が住み始めてから、稲作が広がるまでの、とても長い時代。年代は研究によって差があり、地域によっても違います。
1分でわかる歴史旧石器・縄文
旧石器・縄文 まとめ
1. ひとことで言うと
人が列島に住み始め、移動しながらの暮らしから、
土器をつくって同じ場所に住み続ける暮らしへ変わっていった時代
土器をつくって同じ場所に住み続ける暮らしへ変わっていった時代
日本の歴史のなかで、いちばん長い時間です。前半の旧石器時代は、石を打ち欠いてつくった道具で狩りをしながら、移動して暮らしました。後半の縄文時代には、土器が生まれ、森や海の恵みを使って、同じ場所にムラをつくって暮らすようになります。文字は残っていないので、分かっていることは、遺跡や土器などの「残された物」から考えられたものです。
2. 何万年もの流れを、ひとつかみ
ここでの年代は「およその目安」です。調べ方や研究の進み方で変わることがあり、地域によっても差があります。
- 約4万年前ごろ〜列島に人が住み始める(旧石器時代)。寒い時期(氷期)で、海面は今よりずっと低く、列島の形も今とは違っていた。
- 移動の暮らしナウマンゾウやオオツノジカなどの大きな動物を追い、打製石器(石を打ち欠いた道具)を使って、移動しながら暮らした。
- 約1万5千〜1万6千年前ごろ土器が現れる。ここからを縄文時代とすることが多い(「約1万3千年前から」とする説明もある)。
- 環境が変わる地球が暖かくなり、森が広がり、海が陸へ入りこむ。木の実・魚・貝など、身近で手に入る食べ物が増えた。
- 定住とムラ竪穴住居に住み、同じ場所で長く暮らすムラが各地に生まれる。形や道具は地域ごとに違い、1万年以上続いた。
- 約3000〜2500年前ごろ大陸から伝わった水田稲作が、北部九州から少しずつ広がり、弥生時代へ。広がる速さは地域によって大きく違った。
3. 旧石器時代:移動しながら暮らした人びと
道具は、石を打ち欠いてつくった石を打ち割ってとがらせた打製石器で、槍の先やナイフをつくり、大きな動物をしとめました。黒曜石のように、割ると鋭くなる石がよく使われました。
決まった家を持たない暮らし獲物や食べ物を求めて移動する暮らしで、住まいは簡単なものだったと考えられています。
へえ「日本に旧石器時代はない」と考えられていたかつては、日本列島には土器より古い時代の人の跡はない、と考えられていました。1949年、群馬県の岩宿遺跡で、関東ローム層(火山灰の地層)から打製石器が見つかり、旧石器時代があったことが確かめられました。発見のきっかけをつくったのは、考古学を独学していた相沢忠洋という青年です。
4. 縄文時代:土器と定住の暮らし
暖かくなって森と海の恵みが増えると、人びとは食べ物を「探して回る」だけでなく、季節ごとに使い分けながら、同じ場所で暮らせるようになりました。その暮らしを支えたのが、土器です。
くらし竪穴住居に住み、狩り・木の実などの採集・漁を組み合わせて暮らしました。遠くの地域と、黒曜石やヒスイなどの石を交換するつながりもありました。1分でわかる縄文のくらし縄文人は、ただ食べ物を探して移動していただけではない
土器と土偶土器で煮炊きができるようになり、食べられる物が増えました。人の形をした土偶は、祈りやまつりに使われたと考えられていますが、はっきりした使い方は分かっていません。1分でわかる縄文土器と土偶文字のない時代を、残された物から考える
5. 「原始的な暮らし」だったの?
- 「その日暮らしの、貧しい生活」とは言い切れない。季節ごとに食べ物を使い分け、木の実を保存し、長く同じ場所に住むムラもあった。
- ずっと同じ暮らしが続いたわけではない。1万年以上のあいだに、気候も、土器の形も、ムラの大きさも変わっていった。
- 全国が同じだったわけでもない。北と南、海辺と山で、食べ物も道具も違っていた。
- ある日、一斉に弥生時代になったのではない。稲作は、長い時間をかけて地域ごとに広がった。北海道では水田稲作が広がらず、別の文化(続縄文文化)が続いた。沖縄などの南西諸島でも、本州などとは異なる形で文化が移り変わった。
- 分かっていないことも多い。文字がないため、人びとの考えや社会のしくみは、残された物から推測するしかない。研究が進むと、見方が変わることもある。
6. 次の時代へ:稲作が伝わる
大陸から、水田で米をつくる技術や、金属の道具が伝わると、北部九州から少しずつ暮らしが変わっていきます。食べ物を「とる」暮らしに、食べ物を「つくる」暮らしが加わり、土地や水、収穫をめぐる関係も変わっていきました。ただし、稲作が広がる速さは地域によって大きく違い、縄文の暮らし方も、しばらくは各地に残りました。この先は、弥生時代です。
7. もっと知りたいときは
この時代は、遺跡や博物館で「実物」を見ると、ぐっと身近になります。
1分でわかる縄文のくらし定住・食べ物・ムラ・遠くとの交流 1分でわかる縄文土器と土偶土器が変えたこと、土偶は何のため?関連テーマ:岩宿遺跡/三内丸山遺跡/北海道・北東北の縄文遺跡群(世界文化遺産)
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