1分でわかる
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前方後円墳と埴輪
3世紀後半〜6世紀ごろ
古墳の形・大きさ・並べられた埴輪・納められた品から、当時の権力と暮らしを読み解く。
1分でわかる歴史古墳時代
前方後円墳と埴輪 まとめ
1. ひとことで言うと
古墳は、権力の大きさを見せる巨大な墓。
埴輪は、当時の服装・建物・動物まで伝えてくれる焼き物
埴輪は、当時の服装・建物・動物まで伝えてくれる焼き物
古墳時代は、文字の記録がまだ少ない時代です。それでも、古墳の形や大きさ、並べられた埴輪、中に納められた品を調べることで、だれが力をもち、人びとがどんな姿で、どんな建物に住んでいたのかが、少しずつ見えてきます。
2. 前方後円墳とは
四角と円を組み合わせた形上から見ると、四角い部分(前方部)と円い部分(後円部)がつながった、かぎ穴のような形をしています。円い部分に、亡くなった人がほうむられることが多いとされます。まわりに堀をめぐらせたものもあります。
日本列島ならではの形前方後円墳は、日本列島で特に多くつくられた形の墓です。大きな古墳の多くが、この形をしています。
なぜ、この形なのかじつは、はっきりとは分かっていません。弥生時代の墓の形から発展したという見方や、祭りのための形だったという見方など、いくつかの考えがあります。
3. なぜ、こんなに大きな墓をつくったのか
理由はひとつではなく、次のような意味が重なっていたと考えられています。
力を見せる大きな古墳をつくるには、多くの人を集め、長い時間をかけて土を盛る必要があります。それだけの人を動かせる力があることを、見る人に示しました。
つながりを示す同じ形の古墳を各地でつくることは、ヤマト政権との結びつきを示すものでもあったと考えられています。1分でわかる古墳とヤマト政権同じ形の古墳が、各地に広がった意味
祭りと、まつられる人古墳は、亡くなった有力者をまつり、次の代へ力を受けつぐ儀式の場でもあったとみられています。
4. 埴輪とは
埴輪は、古墳の上やまわりに並べられた、素焼きの焼き物です。時代とともに、種類が増えていきました。
| 種類 | どんな形 |
|---|---|
| 円筒埴輪 | つつの形。古墳のまわりに、垣根のようにずらりと並べられた |
| 家形埴輪 | 家や倉などの建物をかたどったもの |
| 器財埴輪 | 盾・よろい・かさなど、道具をかたどったもの |
| 動物埴輪 | 馬・鳥・犬・シカなど |
| 人物埴輪 | 武人・巫女・農民など、さまざまな人の姿 |
へえ埴輪は、当時の「写真」のかわり人物埴輪を見ると、当時の服装や髪形、よろいの形がわかります。家形埴輪からは建物のつくり、馬の埴輪からは馬具のようすもわかります。群馬県太田市で見つかった「挂甲の武人」は、よろいを身につけた武人の埴輪で、国宝になっています。
5. 中に納められた品:時代とともに変わる
古墳の中には、亡くなった人といっしょに、さまざまな品が納められました(副葬品)。その中身は、時代によって変わったとされます。
前の時期:祭りの品が中心銅鏡・玉・剣など、祭りや権威にかかわる品が多く見られます。
その後:武器や馬具が増えるよろいや刀などの武器、馬具が多くなっていきます。武力や、馬に乗る技術の広がりとの関係が考えられています。
納められた品の変化から、有力者に求められた役割の変化を読み取ろうとする研究もあります。
6. 分かること・分からないこと
- だれの墓か、分からない古墳が多い。大きな古墳の中には、天皇の陵とされるものもあるが、ほうむられた人物を確かめられない場合が多い。
- 前方後円墳の形の意味は、確定していない。いくつかの見方がある。
- 埴輪を並べた意味も、ひとつではないと考えられている。儀式の場面を表した、墓を守った、など、いくつかの見方がある。
- 形や品から「分かる」ことと、「考えられている」ことを分けて読む。文字が少ない時代ならではの注意点。
7. まちがえやすいところ
- 埴輪と土偶はちがう。土偶は縄文時代の人形、埴輪は古墳時代に古墳のまわりに並べた焼き物。
- 埴輪は、古墳の中に埋めたものではない。多くは、古墳の上やまわりに並べられた。
- 古墳の形は、前方後円墳だけではない。円墳(まるい形)や方墳(四角い形)なども、たくさんつくられた。
8. 1分で深掘り
縄文時代の土偶と見くらべると、「残された物から考える」歴史の面白さがよく分かります。
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