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縄文のくらし
縄文時代(約1万5千年前ごろ〜約3000〜2500年前ごろ)
森・川・海の恵みを季節ごとに使い分け、同じ場所に住み続けた暮らし。年代は研究によって差があります。
1分でわかる歴史旧石器・縄文
縄文のくらし まとめ
1. ひとことで言うと
森・川・海の恵みを、季節ごとに組み合わせて使い、
同じ場所に住み続けた暮らし
同じ場所に住み続けた暮らし
縄文人は、狩り・木の実などの採集・漁で食べ物を手に入れていました。けれども、ただ獲物を追って移動していたわけではありません。季節の食べ物を知りつくし、土器で煮たり、木の実をたくわえたりして、竪穴住居の並ぶムラに長く住み続けました。遠くの地域とも、石などを通じてつながっていました。
2. なぜ、同じ場所に住めるようになった?
理由はひとつではなく、いくつかの変化が重なったと考えられています。
① 暖かくなり、恵みが身近に増えた氷期が終わって暖かくなると、ドングリやクリ、クルミなど木の実の実る森が広がりました。海が陸へ入りこみ(縄文海進)、魚や貝のとれる浅い海や入り江も増えました。
② 土器で「煮る」ことができた煮ると、そのままでは食べにくい木の実や貝、硬い肉なども食べやすくなります。食べられる物の幅が広がりました。1分でわかる縄文土器と土偶土器が暮らしをどう変えたか
③ 食べ物をたくわえられた秋にとれた木の実を、地面に掘った穴(貯蔵穴)などにたくわえ、食べ物の少ない季節に備えることができました。
3. 季節ごとの食べ物(ひとつの例)
何を食べていたかは、地域によって大きく違います。ここでは、よく説明される例を季節ごとに並べます。
| 春 | 山菜、貝(アサリ・シジミなど) |
|---|---|
| 夏 | 魚(海や川の魚)、貝 |
| 秋 | 木の実(クリ・クルミ・ドングリなど)、サケなど川をのぼる魚 |
| 冬 | シカ・イノシシなどの狩り、たくわえた木の実 |
一年を通して、食べ物の手に入る時期と場所を知っていることが、暮らしを支えていました。
4. ムラのようす
竪穴住居地面を掘り下げて柱を立て、屋根をかけた、半地下のような家です。中に炉があり、火を使って暮らしました。
貝塚食べ終わった貝がらや骨、こわれた道具などを捨てた場所です。当時の食べ物や道具を知る、大切な手がかりになっています。人の墓が見つかる貝塚もあります。
ムラには、住まい以外の場所もあったたくわえる穴、ごみを捨てる場所、墓、みんなが集まる広場など。住まいだけでなく、暮らしのための場所が分かれていたムラもあります。
へえ大きなムラもあった:三内丸山遺跡青森県の三内丸山遺跡は、約5900〜4200年前ごろのムラの跡で、長い期間、人が住み続けました。大きな柱の建物の跡や、たくさんのクリ、遠くから運ばれたヒスイや黒曜石などが見つかっています。「縄文のムラは小さく、すぐ移る」というイメージを変えた遺跡のひとつです。
5. 暮らしを支えた道具
| 道具 | 何に使った? |
|---|---|
| 弓矢 | すばやく動くシカやイノシシ、鳥をしとめる。矢の先には石の矢じり(石鏃) |
| 釣り針 | 動物の骨や角でつくり、魚をとる。銛(もり)も使った |
| 丸木舟 | 木をくりぬいた舟。漁や、遠くとの行き来に使う |
| 石皿 | すり石と組み合わせて、木の実をすりつぶす |
| 磨製石器 | 石をみがいてつくった斧など。木を切ったり加工したりする |
| 土器 | 煮炊き、たくわえ |
旧石器時代の打製石器に加えて、みがいた石器や、骨・角・木の道具が増えたのも、この時代の特色です。
6. 遠くの人とつながっていた
黒曜石(割ると鋭くなる石で、矢じりなどになる)や、ヒスイ(緑色の美しい石)は、とれる場所が限られています。それが、とれる場所から遠く離れた遺跡で見つかっています。
石が、遠くまで運ばれた北海道の黒曜石が本州で、新潟県糸魚川周辺のヒスイが北海道や青森県で見つかっています。三内丸山遺跡へは、約600キロメートル離れた糸魚川周辺からヒスイが運ばれてきました。
どうやって運んだの?歩くか舟しかない時代です。人から人へと受けわたされたのか、遠くまで旅をしたのか、くわしい方法ははっきりしていません。いずれにしても、地域と地域をつなぐ人の行き来がありました。
7. 分かっていること・まだ分からないこと
- 植物を「育てていた」可能性もある。クリの林を管理していた、豆などを育てていた、といった研究もある。どこまでを「栽培」とよぶかは、見方が分かれる。
- 争いは少なかった、とする見方が多い。ただし、けがの跡が残る骨もあり、まったく争いがなかったとは言い切れない。
- ムラの人数や、社会のしくみ。何人くらいで暮らし、どうまとまっていたかは、遺跡から推測するしかなく、はっきりしない部分が多い。
- 全国が同じ暮らしだったわけではない。海辺・山あい・北と南で、食べ物も道具も違っていた。
8. 1分で深掘り
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